[∈]『経営者の時代』要約


 

「学部生時代の勉強を遺そう」第19弾。

ボリュームのある歴史書の名書である本書の要約は少し長めです。

 

【要約】

 

本書の目的は、合衆国における生産と流通がどのように変化し、また、どのような方法で管理されてきたかを検討することにある。本書の提示するテーマは、経済活動の調整と資源の配分にあたって、近代企業が市場メカニズムにとってかわったという点にある。経済の多くの部門において、マネジメントという“目に見える手”が、かつてアダム・スミスが市場を支配する諸力の“見えざる手”と呼んだものにとってかわった。近代企業は生産と流通の既存の仮定を通ずる財かの流れを調整したり、また、将来の生産と流通のための資源と人員を配分するという機能を、市場に代わって引き継いだ。

近代企業の性質とは、一つは多数の異なった事業単位から構成されているということ、もう一つは、階層的に組織された俸給経営者によって管理されているということだ。複数の事業単位の活動と、また各事業単位の取引とは、企業内に内部化されるようになり、市場メカニズムよりもむしろ有給の管理者によって、監視され調整されるようになった。

この近代企業の制度は、多数の経営単位の活動の監視と調整を、管理的な階層性組織が、従来の市場メカニズムよりも効率よく行いうるようになったとき、初めて出現した。さらに、この制度は成長をつづけ、専門化する管理者の階層性組織は完全に利用され続けた。この制度が出現し普及したのは、管理的調整の方が市場による調整よりも有利となるような、技術と市場が存在する産業と経済部門においてだけであった。しかしその分野はアメリカ経済の中心であり、また、意思決定者として新しく登場した職業的経営者が従前の家族や金融業者、あるいはその代表者にとってかわったため、アメリカの近代資本主義は経営者資本主義へと移行したのである。

 

最初の近代企業として示されるのは、鉄道会社である。鉄道は、貨物と旅客の安全かつ定期的に輸送するため、その広範に広がる地理的地域にわたって様々な職能活動を監督する一連の管理者や、またそれを監督・評価・調整する経営上の指揮者を必要とした。それが結果として組織革新となり、鉄道は、ミドルの管理者が運営し、取締役会に直属するトップの管理者が指揮する、中央本部を備えた近代企業として活躍することになる。また鉄道建設の影響で建設業や金融業が、管理者職務の統制と評価の影響で、財務及び会計を発展した。

しかし、鉄道システム建設の基本的動機は、投機業者からの防衛であった。システム・ビルディングにさいして職業管理者が決定的な役割を果たし、自給自足的システム構築のために拡張は行われた。その過程で、ペンシルバニア鉄道は現代に通ずる分権的事業部制構造を採用したが、多くの他の鉄道は集権的構造を採用した。

 

流通と生産における革命は、その多くが新しい輸送と通信に基づくインフラストラクチャーによって築かれた。1850年代から1880年代にかけて前述のインフラが完成するにつれ、大量生産と大量流通の近代的方法とそれを管理する近代企業が誕生した。

企業の規模や活動における変化が、流通において最も急速に生じた。1840年代まで、アメリカの販売と流通を担っていた伝統的な商業企業は、半世紀足らずで、農産物や消費財の販売において、近代的なマーケティング企業がとってかわった。1850~60年代には直接買い付け・直接販売を行う近代的取引商や全商品系列にわたり、あらゆるサービスを行う卸売商が台頭した。しかし、1870~1880年代になると百貨店、通信販売店、チェーンストアなどの大量販売業者が卸売商の市場を侵略し始めた。これら大量販売企業は、進化した交通手段や電信を使い多数の個別生産者から多数の消費者に至る農産物や完成品の流れを調節した。このような管理的調整手段によって彼らは商品の流れに含まれる取引数を減らし(市場取引を内部化し)、その流れの速度と規則性を増大させ費用を低減し、アメリカの流通システムの生産性を高めた。このマーケティング革命は、主として生産工程が労働集約的で、技術的には単純であり、製造が小規模の旧来型産業に生じた。

これに対し、より複雑な大量生産の方法を用いる新しい産業においては、大量生産者が経済における商品の流れを調整する役割を引き継いだ。大量生産と大量流通の差異は、技術にある。大量生産は組織上の革新に加え、技術上の革新をも必要とした。産出の増大の達成には、組織的には、製造・加工プラントの設計改善、原材料の流れを調整し労働者を監督するための管理手法及び手続の革新が必要である。一方でさらに技術的に、より能率的な機械や設備の開発、より高品質な原材料の使用、エネルギーの集約的適用が必要であった。そうした革新を達成した企業として機械化産業、精製業と蒸留業、金属業が挙げられる。

大量生産と大量流通において共通であり注目しなければいけない事象は、両方にもたらされた経済性は、規模ではなく速度によるものであったことだ。商品回転や加工処理における速度の増大こそが、調整と統制のための組織革新を伴った近代企業を生み出した。その結果、現業部門への分割がなされ、さらに事業単位の単一企業への統合が促進されたことは特筆に値する。新しい複数単位制企業の管理者は、すべてが市場のメカニズムにゆだねられている場合に比べ、はるかに効率的に生産と流通の過程を監視し、企業の中を通過する高速かつ大量の財の流れを調整することができたのである。

 

近代産業企業-今日の巨大株式会社の原型-は単一企業内における大量生産過程と大量流通過程を統合することによって生まれた。大量生産と大量流通を統合することによって、単一企業は、ある系列の製品の製造と販売に包含される、多数の取引と過程を遂行した。原材料や半加工材料の供給者から小売商や最終消費者へと至る財の流れの調整に際し、経営指揮という目に見える手が、市場諸力の見えざる手にとってかわった。これらの活動の内部化と企業内部の部門間取引は、取引と情報のための費用を減少させ、これによって企業は、需要と供給の間をより密接に調整し、労働力と資本設備をより集約的に利用できる ようになり、その結果として、単位原価を低減することができた。その結果とした生じた大量の加工処理と高率の商品回転とは、運転資本と固定資本の双方の費用を減少させるような現金の流れをつくり出した。近代産業企業は、生産と流通の両過程にわたる効果的な管理的指揮と調整の確保に必要な階層性管理組織を創出し得た場合に生まれ、成功を収めた。統合産業企業は、アメリカビジネスまたはアメリカ経済の中で、最も強力な制度となった。そして、主要なアメリカ産業とアメリカ経済は第一次世界大戦中の1917年までに近代的な形態を取るにいたった。

1880年代から、2タイプの大量生産者が垂直統合戦略に乗り出した。一つは、新しい連続工程機械を採用し産出量を急速に拡大した大量生産者たちである。もう一つは、卸売商や他の中間業者では提供できないような専門的な流通及びマーケティングのサービスを必要とする製造業者である。新しい統合企業は輸送やマーケティングといった複数の経済機能を包摂するため、専任の俸給経営者を必要とした。

マネジメントという目に見える手による機能を持つ企業者企業は俸給管理者を雇い、彼らがミドル・マネジメントという新しい管理形態の担い手となった。彼らは、配下の職能活動を監督・評価・調整し、部門間の業務調整を行い、企業者企業の全国的あるいは世界的規模での販売と流通を支えた。一方で、初期の多くの統合企業は内部で資金が調達され、創業者がその企業を自ら所有し統制し続けた。

しかし、企業を拡大する上で、合併とそれに続く水平的企業連合から垂直的統合へという戦略の移行が、外部からの資金調達を必要とさせ、所有と経営を分離させ、経営者企業というものが生まれるようになる。経営者企業は、常勤の俸給管理者がトップ・マネジメントをも支配しているという点で企業者企業と区別される。1917年までにデュポン社、それに追ってGEが完成した管理形態がアメリカ産業における近代的企業の管理標準となった。この手法によって、管理者が、「現在の財の生産と流通を調整し監視すること」と「将来の生産と流通のために資源を配分すること」と効果的に遂行することが可能になった。これ以降、近代企業は発展を続けるがそれは近代企業の延長線上であり、合衆国において、1920年までに近代企業は成熟の域に達したのである。そしてそれは、19世紀中葉に始まった市場や技術の根本的変化への対応から生じたものだった。

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