[∈]『混沌からの秩序』要約


 

「学部生時代の勉強を遺そう」第10弾。ここまでが学部2年生のときに読んだ本ですね…。

Prigogine, Ilay, and Isabelle Stengers, “Order Out of Chaos : Man’s New Dialogue with Nature,” Alvin Toffler Bantam Books, 1984.(邦訳:伏見康治・伏見譲・松枝秀明、『混沌からの秩序』、みすず書房、1987年.)

本書は、三世紀にわたる科学の進歩の意義を、著者プリゴジンの視点から検討し、科学という自然とのコミュニケーション(対話)について考察するものである。
科学は自然との成功した対話に始まった。古典科学は、「実験操作」によって微視的世界の発見などの偉大な成功を収めたが、この対話から得られたものは沈黙する自然の発見であり、科学の成功によって自然は規則的なオートマトン(ロボット)にされてしまった。ここに古典科学の矛盾が提示された。今日の研究では、人間と自然とに関する我々の知識は分裂や対立どころか統一へ向かっている。我々の自然を見る目は、多重なもの、時間的なもの、複雑なものに向かって根本的な変化を始めている。自然界に発見された、予期に反した複雑さは科学の発達を阻害するどころか、かえってわれわれ自身を含む物理世界の理解にとって不可欠と考えられる新しい概念体系の誕生を促した。

長い間、我々が支持してきた古典科学では、世界は単純であり、時間に関して可逆的な基本法則によって支配されているということを前提条件としていた。古典物理学で決定されたモデルは、物質をある箱の中に閉じ込め、平衡に達するまで待つといった方法で人工的に作られるような、限定された状況である。したがって、この限定的なモデルの中においての人工的な現象は決定論で可逆的である可能性が高い。

しかし、自然の現象は乱雑性と不可逆性という本質的要素をもっている。あらゆる系はたえず「ゆらいでいる」部分系を含んでおり、そのゆらぎが正のフィードバックの結果強まって、既存の組織を粉砕してしまうことがある。この分岐点においてどの方向の変化が起こるかをあらかじめ決定することは不可能だ。系が分解して「混沌」に向かうのか、あるいは「散逸構造」という「秩序」のレベルないし組織化のレベルへ跳躍するのか、決められない。「散逸構造」とは、平衡から遠くはなれた条件下で起こる、無秩序から秩序への転移の状態である。
今日では、古典科学は単純化しすぎたと考えられている。それは、物理学に「時の矢」を導入した熱力学第二法則(エントロピー増大の法則)が登場したからである。この法則が、巨視的な世界に不可逆性を導入した。我々は、現在その意味を微視的なレベルでも理解できる。素粒子のレベルから宇宙論のレベルまで、乱雑性と不可逆性が重要視されてきているのだ。第二法則は選択原理とみなせる。すなわち、初期条件に対する制約であり、いったん初期条件が選択されると、以後は力学法則によって伝えられてゆく。第二法則は自然の記述の中へ還元不可能な新しい要素を持ち込んだことになる。第二法則は力学と両立するが、力学からは導き出せない。

不可逆性の概念から、物質はもはや受動的な物体ではなく、物質には自発的な活性が伴っている、と考える新たな物質観が生じてきた。今日、科学者の興味は、物質から関係・コミュニケーション・時間などに移りつつある。自然と人間との新しい対話について語ることができるほど、この変化は深く大きい。不可逆性は、すべてのレベルで秩序の源泉であり、混沌から秩序を生み出す機構である。時の矢が乱雑性を含意することは非常に重要である。古典科学は、生成と自然の多様性を否定したが、現代科学の、時間的なもの多重なものへの移行は、この思想からの反動である。今や、我々は素粒子のレベルから宇宙のモデルにいたるまで、時間と変化の第一義性を発見しつつある。つまり、科学という自然との対話においては、根本的に時間や変化といった概念が不可欠なのである。

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