[∈]『ハイエク-知識社会の自由主義-』要約


 

 

「学部生時代の勉強を遺そう」第9弾。

 

池田信夫、『ハイエク-知識社会の自由主義-』,PHP新書,2008年.

すべての価値が崩壊した世紀末のウィーンに生まれたハイエクは懐疑主義を貫き生きた。彼の思想は大陸の観念論と英米の経験論の混合物である。それは一見、市場経済を全面的に擁護し、歴史の進歩を信じる明快な理論のようでありながら、その背後には近代の合理主義を攻撃し、人間の「無知」を理論の大前提に置く一種の不可知論である。
大恐慌時代、政府が市場をコントロールすべきとするケインズに対し、ハイエクは政府が市場をかく乱すべきでないと主張した。この論争は、経済問題をどれだけ辛抱強く考えるかという社会哲学の違い、またケインズが政治家であり、ハイエクが学者であったことの違いから生じたものであろう。論争はケインズの勝利に終わるが、戦後1970年代にもなると、ケインズをハイエクがしたのと同様に批判する「新古典派」という学派が台頭する。

ハイエクは社会主義に対しても真っ向からも批判した。多くの学者が議論と実験を繰り返した社会主義の「理想」は、最終的に消費者目的を「社会的目的関数」として集計できず、分権的社会主義は不可能という「現実」で潰えた。ハイエクはこの論争をその著書『隷従の道』で総括し、知識は分権化する必要があると主張した。しかし、彼を一躍有名にした本書は同時に、彼に保守反動の旗手というイメージをつけた。

数多い論争の中でハイエクは市場について考えを深めていった。彼は、価格メカニズムの優位性を新古典派的な資源配分の効率性ではなく知識のコーディネーションの効率性に求めた。わずかな情報で社会秩序が保たれている原因は、市場そのものではなく、自律分散的な主体が相互作用することで自生的秩序が生まれるという発想をしていた。
ハイエクは、計画主義を危険視し、その懐疑主義からデカルト以来の合理主義を否定していた。彼は、「本質的な無知」の概念から、自由が持つ、無知な人々が最大の選択肢を持ち可能性を最大限試せるという価値を主張した。彼がいう自由は「消極的な自由」である。合理主義的伝統では自由は旧体制を破壊する革命によって実現するものと考えられているが、経験主義的伝統では漸進的な進化によって獲得されるものと考えており、彼は漸進的な進化の中で「淘汰」のメカニズムが働き、「意図せざる」が有用なものが生まれるとしている。ハイエクは「保守主義」と「自由主義」の二面性を持っていたのだ。

ハイエクは、自由を尊重し、バーク的な保守主義による漸進的進化を訴え、社会主義や計画主義を批判してきたが、晩年は法的な制度設計を考え、議会制度改革などを唱えるようになる。それは、人々の自由度を最大化するルールを設計することが自由な社会の建設に重要だという、「ルールの功利主義」と自身が呼ぶ考えに行きついたからである。法秩序に関して、彼は財産権を、ノモスを構成する価値の中心に据えた。しかし特許や著作権に関してハイエクは、「競争の機能のために抜本的な改革が必要」と書き、否定的である。
インターネットという自律分散的なシステムが生まれ、知的財産権の保護や情報コストについて問題を抱える現代において、情報ネットワークが社会のインフラになる知識社会の在り方を考える上でも、情報コストを0と仮定する新古典派経済学は何の役にも立たないが、ハイエクの進化論的な経済思想は多くの示唆を与えてくれるだろう。

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

コメント

コメントはありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.

トラックバック・ピンバック

トラックバックはありません。

トラックバック URL